第1章に登場した青森県で歯科医院を営んでいた橋本さんは、2017年歯科医院を閉院しました。
幸い大きな借金もなく、医院をスタッフごとそのまま受け継いでくれる歯科医師も見つかり、とんとん拍子に事が進み、「晴れて自由の身になりました」と笑顔です。

橋本さんはなぜ歯科医院を閉院したのか?

歯学部で学ぶこと

橋本さんは父親が産婦人科医だったため、自分も将来は医療の道に進むのだろうと、子どもの頃から漠然と思い描いていました。
両親が「女の子であっても男と対等に仕事を持って自立するべき」という考え方だったので、「将来は医者か教師になるしかない」と思っていました。
「教師は自分の性分に合わない」という消去法で医学系大学を受験し、歯学部に合格し入学。
そして特に大きな疑問を抱くこともなく、歯学部に入学してからも順調に学生生活をおくっていました。

「1~2年生は一般教養を学びます。
高校の勉強の復習のようなことです。
数学、英語など。
そしてドイツ語もありますが、ほとんどは高校の勉強のやり直しのような感じでした。
大学の勉強では、ドイツ人の先生から学ぶドイツ語が新鮮で面白かったです。
サークル活動にも参加して楽しい学生生活を送っていました。
そして、3年生からは本格的に歯科の勉強に入りました。
まずは解剖や基礎医学です。
4年生からは臨床に入り、入れ歯の彫刻、配列などをやりました。
5年生は臨床実習で、実際に病院に行き現場を見学しました」

虫歯の原因には興味を持たない歯科

ところが、6年生になった頃にある疑問がわきました。
それは虫歯になる原因について学ぶ口腔衛生の勉強の場が少なかったことです。科目も時間も少ない。
しかも、その講座の教授の肩身が狭い。
あまり重視されずに片隅に追いやられているような印象で、「それはおかしい」と橋本さんは思いました。
入れ歯を作ったり冠をかぶせたり、歯を抜いたりすることを教える分野が花形で、それが暗黙の了解。
その一方で、予防歯科学は地味で軽く見られているような風潮があり、学生がそちらには寄り付かないという感じでした。
虫歯になる原因や予防についての勉強があまり重視されないことに疑問を感じたのです。

そして、あえて予防歯科に進もうと考えましたが周囲からは猛反対を受けました。
「そんな所に行ってもお金にならない、歯医者としてモノにならない」
と言われました。
そういう周囲の人たちに対して橋本さんは、「この人たちおかしい」と感じました。
親にも、「そんな所(予防歯科)に入って、地元に帰ってから歯科医院を開業できるのか? 」と言われたそうですが、意思を貫いて卒業後は予防歯科の医局に入りました。
当時、予防歯科に入ったのは90人中2人だけでした。
多くの人が希望する花形は口腔外科や入れ歯を作る補綴(ほてつ)科でした。

歯に原因のない「非歯原性歯科疾患」

大学卒業後は10年ほど勤務医を経て、地元で開業しました。
一般的に歯科は、虫歯になった歯を治療するのがメインの仕事ですが、橋本さんは虫歯の原因に関心があり、虫歯にならないように患者さんに指導することを重視してきました。

しかし、それに限界を感じてきたのです。
歯科の保険診療の中での予防指導というのは、半年に一度、歯石を取り除いたり歯のクリーニングをしたりということですが、実際には一生懸命歯を磨いても悪くなる患者さんもいたのです。
「半年に一回の健診に通っているのにもかかわらず虫歯になった」
と患者さんから言われ、橋本さんはある疑問を持ちました。

「1日30人来ていた患者さんのうち3~5人はそんな人でしたね。
また、治療しても治療しても、『まだ痛い』と言い続ける患者さんがいて、その時に、原因は歯にないのかもしれない。
歯はさんざん治療したのでもうこれ以上やることはない。
この人の歯の痛みは、歯以外に原因があるのかもしれないと考えるようになりました。

そして、歯以外にあるかもしれない虫歯の原因について勉強したいと考えていたころ、非歯原性歯科疾患(歯に原因がない歯科疾患)について書かれた伊東聖鎬先生が主催するCW「生システム研究会」からのダイレクトメールが届いたのです。
歯以外の原因で歯が悪くなることについて教えてくれるところは他にありませんでしたからものすごく興味を持ちました。
伊東先生が指導するCWセミナーで勉強して虫歯の本当の原因が歯とは別のところにあるということがわかってきて、今まで自分が抱いていた疑問や悩みに対し納得いく答えが見えてきたのです」

と語ります。

橋本さんは2006年に初めてCWプレセミナーを受講しました。
その翌日、治療したのに歯が痛いという患者さんが来院したので、セミナーで教えてもらったとおりに距骨(足の骨)を調整してみたら、その場で効果が出たそうです。

「カリスマ的な先生でなくても、誰がやってもすぐに効果が出ることが分かって、ああ、これは本物だな、と思いました」

 歯が悪くないのに歯が痛いと訴える患者さんは、橋本さんの経験では全体の1~2割。
そんな患者は歯医者にとっては厄介者扱いされるのが普通です。
橋本さんはこう語ります。

「一般的には、できれば来て欲しくない部類の患者さんです。
ですから、大学病院に行くように言ったり、精神科の受診を勧めたりするのです。
普通の歯医者の手にはとても負えないのですから。
でも、その患者さんは結局どこに行っても治らないということになり、そしてついに心療内科に回されるのがおちです。
そんな患者さんを何とかしてあげたいと思っても伊東先生に出会うまでは、何も出来ませんでした」

自分のことは自分で治せる

伊東先生の考え方に共感した橋本さんは、さっそく地元で勉強会を開くことにしました。
そこに至る経緯を次のように語ります。

「最初は、自分の歯科医院で患者さんに対して距骨を押して症状を良くすることをやっていたのですが、当時は参考になる本もなく、患者さんに私がやっていることを理解してもらうための場が必要だと思ったのです。
そして患者さんだけでなく、町の人たちとの出会いが欲しいとも思っていました。
そして、『自分のことは自分で治せる』ということを広めたいという気持ちもありました。
また、患者さんからも勉強会を開いて欲しいという声もありました。
それで、まずは一回やってみようと。

伊東先生に相談すると快く講師を引き受けてくださいました。
それで皆が体験できるのがいいということで、ワークショップという形で開催したのです。
この勉強会には口コミで多くの人が集まり、2008年から2016年まで、途中東日本大震災のため一時中断しながらも約8年間続きました。
その間、約200人の人が参加し、その中からかけがえのない仲間に出会えました。

歯科に関わる人はみんな「人任せ」

勉強会を開催する中でいろいろな気付きもありました。
保険診療で歯医者に来る人たちというのは、人任せの人達が多いということが分かりました。
今までの自分はそういう人任せの人達を相手にやってきたのだ、ということが見えてきたのです。
実は、自分のことは自分で治したいと考えている人は歯医者には来ないのです。勉強会を開いたことによって歯医者に来ていた人たちとは違う種類の人たちと出会うことができました。
歯医者に来る(人任せの人)のは10人中2人くらいで、歯医者に来ない8割の人を今まで私は知らなかったのです。伊東先生の『虫歯の本当の原因は歯にゆらぎがなくなることで起こる』という話を、その8割の人達は理解できるようでした。
でも、歯医者に来る人任せの人たちは、そんな話をしても理解できませんでした。
歯科医院のスタッフ達も同じでした。
患者も歯科スタッフも理解できない、あるいは理解したくない側の人達だということが分かり、『ああ、ここは自分の空間じゃないな』と感じるようになっていきました。
国の陰謀にはまって借金をさせられ歯科医院を開いてしまったのだ、と思いました。

もうこんな空間は自分でぶっ潰すしかない……」

借金を残さず歯科医を辞める

病気・症状は医学的な原因で起こるものではないことを学び、自分の体を医者任せにするのではなく、自分で良くしていこうと探求するのが、人間の本来のあり方だということにも気付いたとき、橋本さんは医療者である自分への違和感が次第に高まり、ついに限界にまで達したのです。

「歯医者をやめる!」
という方向に自分の意識が向かった時に、いろいろなことがそこに向けて動き始めました。
スタッフ達は職場が無くなることに対してかなり抵抗してきましたが、最終的には良い形で医療者生活にピリオドを打つことができたのです。

橋本さんが幸運だったのは、借金を残さずにやめることができたことです。
多くの医師・歯科医師は、多額の借金を抱えているため、簡単には医院をたたむことができないというのが現実です。
たとえ自分の仕事に疑問を感じていても、借金を返し終わるまでは縛られの身なのです。

 そして今、医院は閉鎖しましたが橋本さんは町の依頼で学校健診や乳幼児健診をやっています。

歯を削らない、抜かない歯医者としての活動

「学校歯科医からもやってくれると助かると言われました。
治療はしないで健診だけやっているんですが、閉院後1歳半健診を行なった時に、自分がお母さんたちに話す言葉が以前と変わってきたことに気付きました。

『虫歯は歯医者に行っても原因はわかりません 。
まずは食事、そしてお母さんがこの子にどのように接しているのか、子どもに自分の考えを押し付けていないか、子どもにストレスを与えていないか。
虫歯はそういうことから始まるんですよ』というようなことを、10人くらいのお母さん達にそれぞれ話しました。
そしたら、『分かります! 私が原因だと思っていました』という言葉が返ってきました。
ほとんどのお母さん達が『そうですよね』と言いました。
本当は分かっているんですよ。
今までは、歯科健診は1人1分くらいで、流れ作業のように行なっていましたが、医院を閉鎖してからは、1人に5分くらいかけられます。
それが評判良くて、『こんなに時間をかけてくれてありがとうございます』とお母さん達から感謝されました。
自分の医院がなくなったことで、逆に自分を発信して、お母さん達と本音で話ができるようになりました。
今ではこうした関わりを通して、CW歯科を広げることに繋がれば良いな、と思っています」

と、歯科医としての治療はしないけれど、歯を通してのコミュニケーションをする歯医者、「(歯を)削らない、抜かない歯医者」を橋本さんは目指しています。

 橋本さんの活動を知った地元の歯科衛生士学校から講師を依頼され、授業を受け持つようになりました。

「これから医療に携わろうとしている学生達に、歯医者をやめた私だからこそ伝えられることがあります。
それは、患者さん側に立つということです。
私も、閉院するまでは分かりませんでした。
患者さんと関わる上で本当は一番重要な事なのに、医療者という立場でいる限り、患者さんの側に立てないし、分からないのです。
それを伝えるのが私の役割だと考えています。

橋本さんの夢は大きく広がります。

海外講師を目指す

「歯医者をやめたことで、物とのコミュニケーション、空間とのコミュニケーションがすごくうまくできるようになりました。
そして今、皆がつながれる場を創りたいと思っています。
あそこに行くと楽しい、癒される、何か面白い情報が入る、求めていた答えのヒントが見つかる、そんな伊東先生が目指している理想郷―安住村建設を共にやっていきたいと思っています」

さらにそこに新たな夢が増えました。それは海外講師です。

「2018年 読脳アカデミー・CWインターナショナルスクールの本科に入学しました。

本科は日本のスクールや海外セミナーの講師を育成するクラスです。

認定を取得すれば、一般の人だけでなく医療者やセラピスト等の専門家を指導することができます。
青森の小さな町の歯医者で一生を終わると思っていたのに、まさか50代半ばでこんな大きな転機が訪れるなんて想像もしませんでした。

ぜったい無理と思っていたことが、伊東先生と関わっていくことで実現できそうです。
ワクワクします。

2017年のブラジル講演の動画を見ていたら、歯科医師がたくさん参加されていました。
中には歯科大学の教授もいました。
伊東先生の講義や実演に『素晴らしい。私達はもっと伊東先生から学ばないといけない』と目を輝かせて語っていました。
日本の歯科医師はこんな風に素直になれません。
大学で学んだこと以外、それが実際に目の前で起こったとしても認めようとしません。きっと、海外で認められて初めて受け入れることを考えるのでしょう。
そう考えれば海外逆輸入が早いと思います。
そのためにも海外で講師として活躍できる自分になれるよう、スクールで学び、努力していきたいと思っています」