2話 歯科医療の限界 ~原因は歯になかった~

歯科大学で感じた疑問

青森県の橋本泰乃さん(歯科医師)が歯科医療に疑問を感じたのは、歯科大学の在学中だったそうです。

「私は青森の三戸という田舎町で生まれ、育ちました。
父親は産婦人科医でしたので、私も医学部に入って産婦人科医になろうと考え受験しましたが、失敗しました。
歯学部には合格したので、歯学部に進むか浪人して医学部をめざそうか悩みました。
産婦人科医の父は24時間営業の激務でしたので、娘にそのようなきつい仕事をさせたくないという気持ちもあったようで、『夜勤がない歯科のほうが良いだろう』というアドバイスをしてくれ、それに沿って歯医者になることを決めました。

歯学部では、1~2年生は一般教養を学び、3年生から本格的に歯学部の勉強に入りました。まずは解剖や基礎医学。
4年生からは臨床に入り、入れ歯の彫刻、配列などをやりました。
5年生は臨床実習で、実際に病院に行き現場を見学しました。
6年生になった頃にある疑問がわきました。

予防歯科は歯医者の敵!?

それは虫歯になる原因について学ぶ口腔衛生の勉強の場が少なかったことです。
科目も時間も少ない。
しかも、その講座の教授は、あまり重視されずに片隅に追いやられているような印象でした。
それはおかしい、と私は思うようになりました。
入れ歯を作ったり冠をかぶせたり、歯を抜いたりすることを教える分野が花形で、それが暗黙の了解でした。
一方で、予防歯科学は地味で軽く見られているような風潮があり、学生がそちらには寄り付かないという感じでした。
そういうことを『何か変だな』と私は思ったのです。
虫歯になる原因や予防についての勉強があまり重視されないことに疑問を感じたのです。

そして、卒業後、あえて予防歯科の医局に入ろうと考えましたが周囲からは猛反対を受けました。

『そんな所に行ってもお金にならない、歯医者としてモノにならない』
と言う周囲の人たちの言うことに対して私は、『この人たちおかしい』と感じました。
親にも、
『そんな所に入って、地元に帰ってから歯科医院を開業できるのか? 』
と言われました。

しかし、自分の思いを通して予防歯科の医局に入りました。
当時、予防歯科に入ったのは卒業生90人中2人だけでした。
多くの人が希望する花形は口腔外科や入れ歯を作る補綴科でした。
虫歯を防ぐのではなく、虫歯になった後のケアを勉強するのが歯学部なんだということがようやく私にも理解できました。
虫歯を防ぐことを熱心にやったら、歯医者のやることがなくなるから、予防歯科は肩身が狭かったのです。
医局時代に自分の名刺を出すとき、肩書に『予防歯科』と書いてあるので、同業者からは『歯医者の敵! 』という眼で見られたりもしました。
虫歯を防ぐなど、歯医者の仕事を奪う敵、という扱いでした。

大学で学んだ事は間違っていた

大学の予防歯科の医局で3年間助手として働いた後、歯科医院に2~3年勤務し、その後自宅の近くの町立病院の歯科で嘱託医師として10年ほど勤めました。
自分で開業するために土地や建物を買うとなると1億円はかかるので、できれば開業はしたくないと考えていました。
しかし医局では、『経験を積んだ人は勤務医の座を若い人に譲って、なるべく開業して欲しい』という雰囲気がありました。
そして10年も勤めると、『そろそろ開業しては? 』という風向きになっていました。
周りの人から『若いうちに借金して開業したほうが良い』と言われるようになり、とうとう開業せざるを得なくなってしまいました。

開業して良かったこともありました。
自分のやりたかった予防歯科的なアドバイスができるようになったことです。
勤務医の時は全くできませんでしたから。

治療が終了した患者さんに『これからは痛くなってから来るのではなく定期的に検診を受けるようにしてください』と言うと、患者さんは『えっ、先生、痛くなくても来ていいの? 』という反応でした。
その頃は、痛くなってから治療するという考え方が普通でした。
悪くならないように予防するとか、歯が悪くなる原因を教えるとか、そういう指導は患者さんの間には浸透していなかったのです。

しかし、歯科大学で学んできた予防歯科の指導に疑問が出てきました。
歯科の保険診療の中での予防というのは、半年に一度、歯石を取り除いたり、歯のクリーニングをしたりというものですが、それをやっていても悪くなることがあるのです。

患者さんから
『一生懸命歯を磨いて、半年に一回の健診に通っているのにもかかわらず虫歯になった』
と言われて、 “大学で学んだ虫歯の原因は、本当は違うのではないか”と疑問を感じるようになっていました。
また、歯科的に診るとなんの問題もない歯なのに痛みを訴えたり、治療しても治療しても、『まだ痛い』と言い続ける患者さんがいて、『歯はさんざん治療したのでもうこれ以上やることはない。この人の歯の痛みは、歯以外に原因があるのかもしれない』と考えるようになっていきました。
そんな患者さんは、比率でいえば1~2割くらい。
一日30人来ていた患者さんのうち3~5人はそんな人でした。
少ない人数ではありません。
どう対応すればいいのか、かなり悩んでいました。

歯は削らなくても良くなる

そんな時、非歯原性歯科疾患(歯に原因がない歯科疾患)について書かれたダイレクトメールが届いたのです。
それは伊東聖鎬先生が主宰するCW・生システム研究会からの案内でした。
歯以外の原因で歯が悪くなることについて教えてくれるところは他にありませんでしたから、ものすごく興味を持ちました。

さっそく受講し、セミナーで勉強して虫歯の本当の原因が歯とは別のところにあるということが分かってきて、今まで自分が抱いていた疑問や悩みに対し、納得いく答えが見えてきました。

私と同じように『原因は歯以外にあるのではないか? 』と考える歯科医師は1~2割はおられると思います。
私が『歯科の治療に限界を感じているので歯医者をやめたい』と歯科医師会で言った時、私に共感してくれた人がその割合でいたからです。
その人達も私と同じように歯が悪くなる原因が歯以外にあることを感じていたそうです。

セミナーに参加するようになって、患者さんの歯を診て、異常がない場合には、歯には全く触らないで、原因を探求し改善するようになりました。
歯を削らなくても良くなるのですから、患者さんには大変喜ばれました。

しかし、保険診療で行なう場合、それでは治療費はいただけません。
患部を処置することで保険請求ができるシステムになっているのです。
だから、全く問題のない歯を削ったり、神経をとったり、抜いたりしなければならないのです。
本当に患者さん側に立つのでしたら、原因を探し出してそれを良くすることなのだと思うのですが、保険診療ではそれを認めていません。

また、患者さん側もそんな治療を求めているとは限りません。
歯を削らないと良くならないと思い込まされ、病気・症状は医者にお任せという考え方の人がほとんどです。

本当は歯を削らなくても良くなるのに……。

体に起こるさまざまな病気・症状は、医者任せにするのではなく、本来は自分で良くしていくものであることに気付いて欲しいと思っているのに、そんなことが伝わる人は僅かでした。

保険診療というシステムが、自分を放棄した人任せな人を作り、そんな人を相手に医療者は本来行なうべき原因探求を行わないで、不要な処置や投薬を行なうことでお金を稼いでいるという、おかしな関係を作っているのです」

適切な治療は「保険診療」では出来ない

保険診療に対する限界や疑問を感じているのは、橋本さんだけではありません。

福岡県の宮原猛さん(歯科医師)は、2004年に東京でスタートした「その人研究-その人療法」セミナーの西日本1期の受講者です。
2006年からセミナーを受講し、2013年保険医を辞められました。

宮原さんは保険診療について次のように語っています。 

「歯科における保険診療はおおよそこんな流れです。

まず、患者さんが症状を訴えて来院します。
歯が痛いと訴えている場合、まず口の中を診ます。
歯茎が腫れている、あるいは歯に穴が開いている、血が出ているなどいろいろな症状が見つかります。
次に検査のためにレントゲンを撮ったり、またその他の検査法で調べたりすると、患者さんの訴えているもの以外にも所見が見られます。

例えば、レントゲンで黒い影が映っている、または神経に達するような深い虫歯が見える、歯周ポケットを測ってみたら何ミリあってそこから出血しているなど、そうした所見を得て、う蝕1度、2度だとか、重度歯周病、軽度歯肉炎、顎関節症などといった病名が付きます。
保険診療の場合は病名によって治療法が決まっているので、決まったやり方で処置します。
もっと適切な治療法を試してみたいと思っても保険診療ではできないのです。
行なった治療に対して、レセプトという形で診療報酬の請求をすることで国からお金が出てくる仕組みです。
保険で決められた治療法以外ではレセプト請求は出来ません。
つまり診療報酬の請求が出来ませんから、保険で決められた治療法以外はサービスでやるしかないのです。
そうなると医院経営が成り立たなくなるので、必然的に決められた治療法以外はできません。

あるいは、もっと適切な処置または高点数の処置を行いたい場合には、少し重症の病名をつけることでそれが行えるようになりますから、意図的に重症にすることも出来なくはないということになります」