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読脳マガジン

何のために生きるのか?どうしてもその「答え」を知りたい人へ

投稿日:2019年10月7日 更新日:

何のために生きるのか?

小学校の高学年にもなれば、こんな問いかけをする子もいるでしょう。
思春期はまさに、それが大きなテーマだと思います。

中には、こんな問いをもつことなく生きている人もいるかも知れません。

しかし、どうしてもその「答え」を知りたい。
そうでなければ生きていけないという人もいます。

読脳アカデミーの創始者であり、思想家伊東聖鎬もその一人です。
小学6年生の自殺未遂をきっかけに、人生のすべてをかけて、その答えを探求してきました。

そして40歳で掴んだ答え。
それをCW Happiness Philosophy(宇宙の叡智ー幸せの哲学)として構築しました。

何のために生きるのか?
その答えは、一人ひとりが自分で掴むもの。
それが真理です。

それぞれが自分で努力するしかありません。
しかし、すでに掴んだ人間がいるのですから、参考にしたり、ヒントを得たりということはできます。

だから、伊東聖鎬はさまざまな形でCW Happiness Philosophyを発信しているのです。

今回は、医師、歯科医師、治療家対象のセミナー受講者に向けて発信した内容を紹介します。

何のためにどう生きるのか

何が起こるか分からない。
何がどうなるか分からないことだらけの空間に生きている。
そんな思い通りに行かない空間をどう生きるのか、ということが生まれたときから問われているのが人生だと思います。

時代、国、性が違えば、今と全く違う生き方をしたでしょう。
それでも思い通りにいかないのが人生です。

私は中学一年生の頃よりどう生きるのが良いのか、どんな生き方が良いのか、そんなことばかり考えていました。
物心がついた頃から始まった「自分探し」でした。

人はどう考えているのだろう、という疑問が「人と話す」に繋がり、クラスメイトのほとんどにそんなテーマで話しかけました。
それだけでは充分ではなく、ちょうど実家が喫茶店をやっており、常連の立命、同大、京大の学生にも投げかけました。
しかし期待した返答はなく、大学生というのはそんなものなのかと考えるようになりました。

その頃、叔父が家によく来るようになっていたこともあり、その叔父に今度は投げかけました。
叔父は早大卒業後、東大で西洋文学の研究をしていた人でした。

叔父の返答は「本を読んだらどうだ」でした。
それに素直に従い、河出書房や新潮文庫を読み漁りました。

そのうち文学の面白さも少しずつ分かってきたようでした。
クラスメイトにも数人、文学に没頭している者もおり、それがさらに刺激になり、読み漁りました。
そんな時代だったように思います。

その後文学、文庫は余り読まれなくなり、撤退していった出版社もいくつかありました。
テレビの出現がその裏にあったのはまぎれもない事実です。

文学に親しんだから哲学できるのかというとそうではないということはその時の大学生を見れば分かっていました。
しかし、昭和、大正の時代の学生のイメージは「哲学をする学生」でした。

それでも文学は哲学をする上で大いに役立つと思います。
私にとってのヘルマン・ヘッセ、ゲーテ、ルソー、ドストエフスキー、トルストイ、サガン・・・は間違いなく私の人生に影響を与えました。

自分の人生、自分の時間、誰も入り込めない空間。
生まれてくる以前から地球はあり、国はあり、社会はあり、人が居た。

すでにたくさんの人生があり、終わっていました。
そんな空間に出現した自分です。

これから始まる時間、人生。
どう生きるか、どう生きればいいのか。
何かを参考にしなければ分からない。
何を参考にすればいいのか。
それを誰に聞けばいいのか。
それが文学であり、さらに自らの体験を増やす、だったのだと思います。

自分が生きる上で何が価値あるのか。
何に命をかけられるのか。
そんな問いかけを中学時代、全ての時間をかけてやっていたように思います。

中学3年生の時には「自分の人生、自分が責任を持って命をかけて生きるしかない」とだいたい答えを出していました。

それで中学3年生の時から
「家を出よう、親、姉妹と一緒にいれば成長できない。
自分の生き方を掴めない」

そう思い、「家から出してほしい」と頼み込みました。
しかし、両親は反対でした。

幸い高校1年で盲腸の手術を夏休みにし、1週間ほど床に入っていました。
それが大きなきっかけになりました。
「せっかく病気をしたのだから、これを生かさないわけにはいかない」
そう考え、「家を出してくれなければ死んでやる」と両親に訴え、ついに勝ち取った「家出」でした。

ケネディ大統領が暗殺され、号外が京都駅前でも配られていた朝に郷里を離れ、一人30kgのバーベルと180cmのシャフトを持って14時間の東海道本線の車中の人になりました。
それから始まった私の人生でした。

その時はそれほど気づいてはいませんでしたが、「小学校の時のいじめ」がどれほど自分の人生に役立ったか。
本当に自分の運命、体験に感謝してもしきれません。
それらが私の体に残した傷は人生を左右し、人生を推進しました。

結局それが今回受けたインプラント手術にも繋がり、またこの大切な時期に貴重な時間を提供してくれました。

病気、けが、トラブルは悪いものではない

身体は実験場。
実験ボックス。
身体は気付きの宝庫。
身体は過去と現在と未来を繋げてくれる大切なもの。
病気、身体のトラブルは自分の元―脳と繋げてくれる一大イベント。

病気、けが、トラブルは悪いものではない。
その人にとってそれが何なのかを知るチャンスであり、学びです。

医療は人を扱っているはずなのに…

今の医療はそんなことは関係なく、一方的に押し付ける。
そこには人の尊厳もなければ「その人本体」もない。
機械やものを作り出す技術と同じでしかない。

医療は人を扱っている。
ものとは違う。

そんなこと、どこで学べばいいのか。
そんなこと、どこで教えているのか。
そんなことにいつ気付けばいいのか。
そんなこと誰も教えてくれない。

それは人の尊さ、人生、時間、空間、そして自分の価値…をどれだけ自分のものにしているのか。
その答えの結果でしかない。
何を教えても響かない者に対して何ができるのか。
どうしたらいいのか。
私の人生、生きる目的はこの一点だったように思います。

人生の目的は楽しく、面白く、
納得して生きること

思い切り自分の人生を大切にし、そして人の人生をどれだけ尊重できるか。
それが生きてきた証なのだと思います。

自分の未来が見えない中で生きていかなければならない今の社会。
そんな中で私は思いきり抵抗したいのです。
未来―老後―認知症か寝たきり、介護施設か病院、あとは自殺か孤独死。
そこから逃れられる方法は余りありません。
せめてそこは自分達で勝ち取ろう。

私はそう考え、中学生の時、考え出した理想郷をさらに発展させ、安住村に替えました。
人生を共に生きてきた仲間。
そんな仲間とコミュニティを創ろうとしているのです。
未来に不安がなくなれば、思い切り生きられると思うのです。

病気、症状―それは不安が一番の原因です。
だから私は原因除去療法を目指したのです。
どれだけそんな不安を克服できるか、それは自分の責任です。
しかし、「自分の責任」を上回るものもあります。
それを仲間達で補い合うのです。

ただ自分勝手に生きる者に対しては関わりようがありません。
哲学をし、人生を求め、真理を求め、生きている仲間だからこそ協力し合えるのです。

私が人に伝えたいことーそれは自分の生まれてきたことの意味を勝ち取ることです。
意味があって必要があって生まれてきたのですから。
何にも惑わされず、誰からも邪魔されず、自分の存在する意味を掴むことです。
そのために必要なのが自分の脳の情報が読めることであり、相手の脳の情報も読めることなのです。
そうすれば自分勝手はなくなります。

人は元からやってきたのです。
皆、元々は仲間なのです。
それに気付けるかどうか。
それを知りたい、掴みたいと求めるか。
そんな者達が仲間です。

私のこれからやることは、もうすでに決まっています。
安住村を創ることです。

私の人生の目的は面白く、楽しく、納得して生きることです。
それを満たしてくれるのが安住村です。

ー医師、歯科医師、治療家対象の「その人研究-その人療法」セミナー受講者に向けて2013年3月31日に発信したメールより抜粋

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